アイデンティティ、きみ。

いろんなことが起きている

2018年のだいすきと観劇の記録④

冬です。推し以外のところに居ました。

 

 

11月 good moring №5『祝杯ハイウェイ』 『The silver tassie銀杯』『はたらく細胞

gmnは去年の「豪雪」から観てる。鳥越さんファンの友達にお誘いいただきました。

祝杯ハイウェ〜〜〜イ!!の曲が今も頭から離れない。歌いたくなる。去年観た時はプロレス…って感想だったけど、今年も肉弾戦…これがプロレス…って感じ。笑

一瞬でも怯んだら全て恥ずかしくなるし、飲み込まれる。下北沢で演劇を見てると時々ああいう化け物を見かけるけれど、化け物だらけの演劇。友達の推しさんが出てると、よく戦ってるなぁ…頑張れ…と応援したくなる。50円で売ってた応援グッツがあまりにも面白すぎて買ってしまった。高性能おもちゃの車に乗って舞台上を駆け抜ける演者さんたちをに応援グッツの旗を振っているとなんだか愉快な気分になれる。演者さんだってめちゃくちゃ技術があるのか、気合いで押してるのかよくわからない人もいるけれど、一瞬一瞬が全力だから、爆発して、面白い。意味はわからないけどどうしょうもない人間にゲラゲラ笑いたい時はgmnをお勧めしたい。私はもうすでに来年が楽しみだ。

 

友達から推しさんの話を色々と聞いて、素敵な思い出が増えた1年だった!と締めてもらえてこっちも幸せな気持ちになった。幸せそうなオタクを見てるとこっちも幸せになる。友人の恋話を聞いて楽しいのもこの理論な気がする。恋話の亜種。

 

 

はたらく細胞

最前より前と言わしめた席を取る友人。とにかく愉快だった。菌類、通路のお立ち台に立つと通路前のお客さんに尻尾が当たり続ける問題。当たってるお客さんもウケるしかなくなってる問題。舞台を観てからアニメを見たが、再現度が高くてだいぶびっくりした。「売り切れると言われると欲しくなる、謎のアクキー」について色々なところでネタにされた。そしてネタにした。アクキーほしいのかは最後までよくわからなかった。インフルエンザズが好きすぎる。1010で大暴れするトライフルのイツメンお兄さん俳優たちにニヤニヤさせられっぱなしの2時間だった。思い出したようにふわふわしていた。ふわふわ設定なのを忘れていたのではないかと今でも疑っている。

接点のないリア友同士が細胞ステを通じて知り合いになった。変な共演というのは、変な友好関係を生む。オタク楽しい。

 

 『The silver tassie銀杯』は劇評を書いたので下記セルフ転載。的確に書いていると評価してもらえて嬉しかった。この時のやりとりについて、いつか考えをまとめたいと思う。

  全4幕構成、上演時間2時間45分(休憩20分込)。アイルランドの場面は、傾斜した舞台装置の中で展開される。油絵のような赤い壁や縁の白い柱がこの美術装置を額縁のように見せる。この傾斜は、和やかであるはずの第一幕に緊張感を与える。また、この傾斜は登場人物たちがこの後直面する「抵抗できない不安定な時代」への突入を暗示しているようにも見えた。(後に、経済的・政治的左右を表しているのでは…?という話にもなった)初老男性のシルベスターとサイモンは全編を通じ、軽妙なやり取りで笑いを誘う。この2人は終始『ゴトーを待ちながら』を彷彿とさせるキャラクターに仕上がっていた。1幕で描かれるのは、戦前の彼らの日常の輝き、そして青春の1コマである。ハリーは、サッカーチームを優勝へ導いた英雄として、多くの友人たちを引き連れて部屋へ雪崩れ込んでくる。その手にはピカピカの銀杯、その杯にワインを注いでくれと友人に差し出す。下品なほどの充足感を音楽が盛り上げる。飲み干したとき彼は全てを持っていた。可愛らしい彼女、多くの友人、英雄としての自負。その後、意気揚々と戦地へ向かう。ハリーの母親は、彼を心配するでもない。子供が親を戦地へ送り出すことが彼、彼女たちの中で日常の1コマであることを強く印象付けた。

 2幕は、1幕の明るく陽気な赤を中心とした劇空間に反し、暗くて青寒い。舞台上にいるのは、人形たち。ぼうっと浮き上がるやせ細った人形の戦士と頭上の逆さ十字架。死のイメージが漂う空間が立ち上がってくる。他の人形も大きな頭と3頭身にデフォルメされた「戦士」たち。この形は東南アジアの伝統的な人形のようにも見える一方、人類史上初めて化学兵器が使われたという第一次世界大戦の特徴と重ねて見ることができる。人形たちの大きい頭と対比して力無い手足は、ガスマスクをつけた戦士たちを想像させた。等身大の人形を操る役者たちの姿を観客席から見ることは難しい。1幕でヒーローだったハリーも、一緒に盛り上がっていた友人たちも、この瞬間塹壕にいるのだろう。人形同士がタバコを吸ったり、サッカーをしたりとおかしみを持って見ることができる場面もあるが、彼らは個性を持ち合わせない。人間らしさを奪われる戦場を描く2幕、人形たちは、そんな現実をくっきりと見せつけた。そんな中でバーニーは、唯一役者の姿のまま舞台上に居続ける。規律違反で大きな車輪に縛り付けられたバーニーは、軍という現実から背くことによってあの場でも役者のまま、個を保てたという皮肉を感じてしまった。観客にとって、2幕の演出はストレスが大きい。役者の顔は見えず、どの人形が誰を指すのかを提示されない時間。これが、塹壕の中で個を捨てなければならなかった兵士たちの苦悩を追体験させる装置として機能していた。

 3幕、4幕はリアリズム演劇に戻る。戦地から帰還した英雄ハリーは、半身不随となっていた。緩やかに傾いている舞台をノロノロと車椅子で移動するハリーの姿が苦悩を濃くさせる。戦前恋人であったジェシーはハリーを拒み、よりハリーの気持ちをズタズタにしていく。1幕でDV夫として暴れていたテディは、戦地で盲目となった。妻がいなければ何もできない姿になり、戦前の荒さは見る影もなくなってしまう。一方でバーニーは、ハリーを助けた戦地の英雄として讃えられる存在になっていた。今、バーニーとジェシーは恋人同士だ。タバコを自分で取ることもできず、怒りをぶつける姿に1幕のエネルギーはない。4幕でもそうだ。踊ることのできないダンスパーティーの中で、バーニーとジェシーにはのけ者にされ、幕の間から見えては消え、出ては過ぎていく踊る身体をただ同じところから眼差すことしかできない。1幕で共に歌い、踊っていた身体にも関わらず、もうその場にいることすら許されない。戦争を乗り越えていく身体と取り残される身体の対比は、終わらない戦争を観客に突きつけていた。

 1〜4幕で独立した劇空間を作り出すことができるこの作品を1つの物語に集約させるにあたって、舞台上に明確な枠組みを作ることは成功であった。1幕の喜劇も、2幕の戦時下も、3幕4幕のハリーの絶望も、全て同じ枠の中で展開される。この枠が戦争と全てが地続きであることを暗に意味し、終わらない戦争というメッセージを強く訴えかけていた。戦争によって日常を壊されたのは、テディやハリーだけではない。実際に戦地にいなかったスージーの生活にも多大な影響を与えているはずだ。一刻も早く日常を取り戻したい、直視しないことで乗り越えてしまいたい、この感情は人間が困難に陥ったときに浮き上がってくるリアルだと感じた。そのような意味でもスージーは面白いキャラクターだった。

 無関心、見なくていいものは見ない、忘れたふりができることはそのままでいる。そうすることでも生きていける今、戦争に無理やり弱者にされたテディやハリーに対してではなく、彼らを見ないことで戦争を過去のものにしてしまおうとする周囲の人々に対して自分がどう思うのかがこの作品の問いかけだとするならば、今この反戦作品と向き合うべき人は決して少なくない。最初は無印良品の音楽なんて言っていたが、あの音楽の根底に流れるかもしれない悲しい歴史もまた、私たちの生活と地続きだ。決してあの枠は舞台上だけのものではなく、観客もまた、あの舞台の出口と入口をウロウロしている1人に過ぎない。悲しみは直視することで乗り越えられる訳ではないのだ。

 

 

 

12月『スーパーノバ』『真剣乱舞祭』『サムシングロッテン!』

 ずっと観たかったdopeAdopeの『スーパーノバ』。明るく楽しいお仕事コメディに見せかけて、終末へ向かう現実の物語だった。スーパーノバの2代目店長と、家族のように付き合う各部門の担当者たち。魚担当は職人に憧れているのでいつでも包丁を持ちながら接客しようとする。愛が深すぎて採算度返しの「お気に入りコーナー」を作ってしまう生肉担当。小賢しい惣菜担当やお人好しで自爆していくグッツ担当。どこにでもいるような人たちが、アホな店長を支えてスーパーを立て直すことができるのか…!という話を想像して観に行くと、結構エグられて終わる。大人な役者さんたちが作るコメディに、現実への直視が込められていて、楽しければ楽しいほどこの視線が深く残る。甘いだけじゃやっていけないし、しんどいだけでも走り出せない。dopeAdopeが創る芝居は、程よく現実味を残したコメディなのかな…とも思った。また観たい。ゲストが出ていたが、出演シーン多すぎて大爆笑した。小道具大道具の芸が細かすぎて好き。当日チケットがレシートのデザインになっていたのも好き。

 

『真剣乱舞祭2018』

楽しかった。俳優、演劇界隈のオタクを選びながらアイドルのおっかけみたいな気持ちが味わえているこのコンテンツ。3周回るまでの道のりは長かったけれど、全力で楽しむぞ!と思えれば、楽しいのだ。いつだってそうやって思いたい様に向き合っていればいい。変に考えすぎない。そんな感じで十分だろう。

去年より魅せ方が上手くなっている、歌が上手くなっている、発声方法をそもそも変えてきている、安定感がある、そのコンテンツでしか観ることはなかなかないけれど、1年間で彼らが積み重ねたものがあの場できちんと表現されているような気がした。すごいな〜。好きな曲がついにセトリに登場してキャーキャーしていた。推しさんソロ曲、あまりにも声の艶が良すぎた。全身から自分のパフォーマンスを見てくれ!こうやって生きてるんだ!って溢れ出る、あんな瞬間の為に私はファンをしている。あんな瞬間に拍手を送り続けたい。日に日に歌に磨きがかかる推しさんがだいすき〜だ!だいすき〜だ!だいすき〜だよ〜〜!と言うとちょっと楽しくなる。来年もしあるとしたら、出演者さんたちがどんな1年間をあの場に持ってきてくれるのかとても大きく期待したいし、楽しみ。

 

『サムシングロッテン!』

中川晃教×西川貴教×福田雄一…どうなるんだこれ…

ミュージカル俳優さんたちも結構観ましたツイートをしているので、、、あれだけど、、、ネタがすごく際どい。笑 今を時めくミュージカル俳優さんが「喋ってる途中で急に歌う??変だよぉ」とセリフと言えども言っているのがもう面白すぎる。日比谷の通りの偉い人が殴り込んできたら終わりだ。際どい。3回ぐらい某推し舞台の名前が出てきた。脳がショートした。

福田さんのミュージカルへの気持ちはふんだんに盛り込まれていたし、ショーとしての華やかさも素敵だった。ミュージカルのイメージってやっぱり華やかなんだなぁと思わされた。あんまりフューチャーされてなかった?ノストラダムス役が橋本さとしさんでどっひゃー、、、ぴったりだった。面白くて可愛らしいノストラダムス。きっとBWでやっているサムシングロッテン!とはかけ離れているだろうし、これを日本版です!と言うのも違う様な気がする。あくまで福田版サムシングロッテン!だ。福田さんの作品はゲラゲラ笑えるから誰かと観て「あの場面やばかったよね〜」と帰り道にゲラゲラ笑うのが、もう自分の中でお作法になりつつある。BW版も観てみたくなった。そろそろNY観劇の旅にでも出ようかな。

 

今年もたくさん芝居を見ました。来年もたくさん芝居を見ます。